阿修羅ガール
つまり、そういうふうな見方をするんだったら、私とグルグル魔人は同じ人間だったのだ、と言えると同時に、他のいろんな人も私とグルグル魔人と同じ人間なのだ。バカだし、命粗末にするし、《天の声》とかしょうもないもんいろいろ見てるし。
そしてそんな奴がたくさん集まって、怪物ができあがる。
(略)
あれがつまり、私とグルグル魔人と他のいろんな人をバラバラにしてくっつけて作ってある怪物なのだ。(p312)
文体を含めてのこの作品であると思う.これはアイコの一人称で大部分が書かれている.文章が汚いとか宣うなら第二部「三門」の「森」との文体の違いまで触れるべきと思う.汚いのは私たちの心だと思いませんか?
どうしてアイコが自分とは違うと思う?どうしてグルグル魔人が自分とは違うと思う?どうして自分は陽治だと思う?「足んねーんだよ,愛が」誰しもが阿修羅ガール.
同時収録の「川を泳いで渡る蛇」も印象的.
今私が歩いているここが私のこっち側.
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